花譜、4thワンマン「怪歌」1万5000字レポート そして花は2度咲く【神椿代々木決戦2024】

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KAMUTSUBAKI STUDIOは1月13〜14日、国立代々木競技場第一体育館にて音楽ライブ「神椿代々木決戦2024 IN 代々木第一体育館」を開催した。花譜(かふ)、理芽(りめ)、春猿火(はるさるひ)、ヰ世界情緒(いせかいじょうちょ)、幸祜(ここ)の5人組バーチャルアーティスト「V.W.P」が出演した2ndワンマン「現象II -魔女拡成-」に続いて、DAY2、花譜の4thワンマン「怪歌」(かいか)のレポートをお届けしよう。

3時間のライブを見て伝わってきたのは、カンザキイオリ卒業後、花譜はコラボの「組曲」と旧路線の「歌承曲」(かしょうきょく)という2本立てでブランディングしていくという方針。

加えて、花譜オリジン(本人)が手がけた曲は、新たにお披露目したシルエットの姿のバーチャルシンガーソングライター「廻花」(かいか)として切り分けるということも明らかになった。

DAY1のV.W.Pワンマンをレポートした記事も1万字と長かったが、今回はPANORA史上最長となる1万5000字という文字数を費やして、VTuberの歴史に残るであろう「観測結果」をレポートしていこう(敬称略)。


いきなり語られたカンザキイオリへの想い

誤解を恐れずにいえば、花譜のリアルのワンマンライブはレアだ。

5年以上もシンガーをやっているにも関わらず、彼女が2022年3月まで高校生で学業を優先させていたり、コロナ禍でイベント開催が難しい期間に当たってしまったことで、「不可解」の恵比寿LIQUIDROOM、「不可解弐REBUILDING」の豊洲PIT、「不可解参(狂)」の武道館と今まで3回しかチャンスがなかった。

ワンマンでなければ、KAMITSUBAKI STUDIOの所属アーティストが数多く参加した「KAMITSUBAKI FES ’23」や、VTuberの音楽の祭典「VTuber Fes Japan」などでゲスト出演する機会はあるものの、やっぱり好きになったアーティストならいつかはワンマンに参加してみたい。

そんな思いを募らせて、今回、原宿の地を訪れた「観測者」(花譜のファンネーム)も多かったのではないだろうか。過去に参加できた人でも、先の2022年8月から1年半ほど経っているわけで、あの熱狂の場に久しぶりに立ち会えることを想像してワクワクが止まらなかったはずだ。

 
そうしてはやる気持ちを抑えて会場に入り、開演の17時30分を迎えると、ステージの巨大LEDウォールにDAY1とは違う色の黒い目玉のようなものが現れて、不協和音と共にCGが蠢き始めた。60からのカウントダウンが行われ、0になって現れたのが、DAY1のラストでも流していたオープニングムービーだ。

渋谷の街のさまざまな場所で姿を見せて、代々木体育館の前に行きつく花譜。壮大なオーケストラアレンジで流れるのは、1stアルバムの「夜行バスにて」。場面が切り替わると、スクランブル交差点など、渋谷の地に、尖らせたラフレシアのような怪しい赤紫の花が次々と開花していく。

さらにオーケストラのテンポが上がり、代々木体育館の中にも巨大な怪しい色の花がいくつも咲いている様子が映し出される。空中に花びらが舞う中、中央に立って手を広げて優しい表情を見せる花譜。クライマックスの音楽とともに「怪歌」のタイトルが浮かび上がると、客席からは期待がこもった絶叫と拍手が上がった。

筆者はといえば、「タイトルの『怪歌』は、カンザキイオリ卒業後の花譜を『開花』させるためのもじりだったのかな」と、このときは何も知らずに考えていた(余談だが、DAY1でそのサイズに驚いたステージ両脇の大木が、この後、DAY2で花の演出が『開花』していたのにも驚いた)。

 
次いで始まったのは、花譜のモノローグだ。

「光を抱きしめる暇などなく
前に踏み出し続けるあなたに向かって
何か言いたかった
今、なんて言えるかな
言えたら、振り返ってくれるかな」

花譜を追ってきたファンなら、これだけでカンザキイオリに向けた言葉だと分かり、一気に心が締め付けられただろう。

先ほども軽く触れたが、花譜のメインコンポーザーを務めたカンザキイオリは、武道館後の2023年3月にオンラインで行われた花譜のワンマン「不可解参(想)」にて、KAMITSUBAKI STUDIOから卒業することとなった。

花譜がバーチャルシンガーとして活動を開始して以来、曲を手掛けてきた半身のような存在がプロジェクトを去ってしまう。かつて「不可解参(想)」のステージで見せた花譜とカンザキイオリとの会話は、あまりにさまざまな感情が溢れすぎていて、ファン側でも思い出すのが辛いという人もいるかもしれない。そんな核心に迫る話をライブ開始直後に始めたのだから、いきなり頭を殴られたような衝撃を受けた。


「永遠を気取って、案外窮屈な世界
有限の電子 体に羽が生えて 迷わず飛べる私ならいいのに
だけど、立ち止まれないのは、約束のため
いつかどこかで巡り会う 盛大に運命のフリをして
あの日みたいに また一緒に歌いたいな
それまで どんな私に出会えるんだろう」

モノローグが終わり、照明がサーチライトのように回り出したステージで聞こえたのは「ウォーオーオー、オーオーオー」と花譜の声だ。そのかわいい雄叫びを何度か繰り返していくうちに、客席も鼓舞されたのか、ペンライトを振る勢いに力が入っていく。バックバンドとストリングスの音が加わっていき、徐々に照明が明るくなって十分に盛り上がったときに、花譜がステージの中央で右手を挙げて現れる。

「花譜です! 始めます!」

オープニングムービーからの一連の流れで完璧にライブの世界に引き込まれた来場者は、「わーっ!」と再び大声でステージに応ていた。


シンガーとしての可能性のショーケース

さて、ライブレポートだが、全体は5部制(!)で、1部がカンザキイオリ曲、2部ではリアルのアーティストやコンポーザーとのコラボ曲である「組曲」をゲストと歌い、3部で音楽的同位体「可不」と共演したり、バーチャルヒューマンの姿で登場。4部で新たなシリーズである「歌承曲」を披露して、最後の5部で「廻花」のお披露目という流れだった。

最初のカンザキイオリパートからは、彼の楽曲も大切な花譜の一部で、「不可解」シリーズが終わっても一新するわけではなく、これからも大切に歌い継いでいくという想いが伝わってきた。

ド頭の「青春の温度」は、武道館公演のエンディングでも印象的に流れていた曲で、あの日の続きをイメージさせてエモくなる。

「狂ってしまえ 狂ってしまえよ 悲しみにさよなら
笑ってしまえ 笑ってしまえよ 青春の温度は君のせいだ」

2曲目の「人を気取る」。

「あなたがいない人生はまるで死んだみたいなのに
今生きてる味がしたんだ」

冒頭のモノローグと合わせると、歌詞の一部が本来とは違う意味でカンザキイオリへの想いのように伝わってきて、心に深く突き刺さる。

このパートの最後となる6曲目「邂逅」は、「不可解参(想)」でお披露目した花譜の歴史において大切な曲だ。「観測者」の中には、想いの詰まった「不可解参(想)」のステージを思い出して「その術はオレに効く」と感情が溢れてきてしまう方もいるだろう。そして「邂逅」は唯一、「神椿代々木決戦」のDAY1/DAY2両方で歌われたという事実が、今でもカンザキイオリ曲をとても大切にしているという証明になっている。

「時代ごとに違う差別同じ憎しみ
世界平和なんて嘘だ 皆一人ぼっちだ」

可愛らしい少女の姿からはまるで想像できない激情を込めた歌の表現が、会場やネットに集まった全員の心に突き刺さる。「シンクロ率400%」とでも例えられそうな花譜とカンザキイオリ曲との相性に「これだよ、これぇ!」と再確認し、鳥肌を立てた「観測者」も多かったのではないだろうか。

 
そうした初期からの路線と並行して、2部からの中盤のパートでもシンガーとしての器の大きさを実感できた。

どんなジャンルの曲でも、どんなアーティストと組んでも、歌で期待以上の表現を引き出してくれる。優れたシンガーというのは得てしてそうなのかもしれないが、花譜の場合は歌声だけでなく、リアル調のバーチャルヒューマン・花譜など、見た目も劇的に変えて目指した体験をより正確にデザインしていけるのが強みだろう。

そもそも花譜というのは作られた存在だ。過去に書いた武道館のライブレポートをそのまま引用すると、

「音楽のカンザキイオリ、キャラクターのPALOW.、映像の川サキケンジ、そしてプロデューサーのPIEDPIPER。さまざまなクリエイターの才能と想いが血となって最初にバーチャルの体に流れ込み、彼女の鼓動が始まって、『観測者』と呼ばれるファンがついたことで存在が証明された。それはまるで『魔法』で保たれた人工生命体だ」

といった具合なのだが、今回のライブで、組み合わせたアーティストや見た目により、彼女という存在が柔軟に変化してステージで違う輝きを作り出せることがはっきりとわかった。

 
2部以降の中盤は、そんな花譜の可能性のショーケースを見た気分だ。

例えば、か細い声からの壮大さで一気に心を掴まれた声優・佐倉綾音との7曲目「あさひ」、ホロライブ EnglishのVTuber・Mori Calliopeとの掛け合いが気持ちよかった8曲目「しゅげーハイ!!!」、会話のような歌詞が楽しい19歳の女性ラッパー・#KTちゃんとの新曲で9曲目の「ギミギミ逃避行」など、シリアス路線も明るいタイプもどっちも見事に楽しい。

前でも軽く触れたが、これらの楽曲はリアルのアーティストやコンポーザーとコラボした「組曲」シリーズのものになる。「組曲」は2021年から続けてきて、この1月に第15弾、くるり・岸田繁との「愛のまま」でいったん完結となり、#KTちゃんの「ギミギミ逃避行」で「組曲2」として再スタートすることになった(余談だが「愛のまま」もくるりの世界観を花譜で再現した筆者が好きな曲で、会場ではエンディング後に流れていてジーンときた)。

 
こうした才能の組み合わせは、VTuberがコラボ配信でファンを増やすきっかけをつくるように、音楽ファンが花譜の才能に気づく糸口になってくれるはず。

そもそも、今、花譜で一番ネットで再生されている曲が、「フォニイ」などで知られるボカロPのツミキとのコラボで生まれた音楽プロジェクト「MAISONdes」(メゾン・デ)の「トウキョウ・シャンディ・ランデヴ」だ。花譜のYouTubeチャンネルの最高が「過去を喰らう」の約1900万なのに対して、約5800万再生と3倍ほどの再生数となっている。謎のMAD動画の影響もあり、花譜やカンザキイオリの名前を知らなくても「あれを歌ってる人なの?」と認知している層もいる。

「怪歌」では、そんな代表曲が待望のライブ初披露となった。しかも、花譜の声を元にした音楽的同位体「可不」(要するに合成音声ソフトのキャラクター、花譜は「AI可不ちゃん」と呼ぶ)との共演パートでの熱唱だ。「聞いてください、トウキョウ・シャンディ・ランデヴ!」と宣言したときの「待ってました!」と言わんばかりの歓声が本当にすごかった。

余談だが、バーチャルの姿の花譜の隣に、いわば初音ミクのような存在の「可不」がさらに並ぶという様子も、今となってはファンは見慣れているかもしれないが、だいぶ尖った演出といえるだろう。

 
この後、バーチャルヒューマン・花譜(ステージでは「VIRTUAL BEING KAF」と表現)の姿で登場したのも印象的だった。楽曲としては、長谷川白紙の演奏で13曲目「蕾に雷」、MONDO GROSSO・大沢伸一のDJで14曲目の「わたしの声」と続く。筆者が「ヤベー! こんなバキバキのアートよりなステージまで花譜でやるんだ!」と今回、一番興奮したパートだ。

バーチャルヒューマンというのは、人間そっくりな見た目のCGキャラクターになる。KAMITUBAKI STUDIOとしては、te’resa(テレサ)をデビューさせた上で、花譜の可能性の拡張の一環として、2023年9月に投稿した「わたしの声」MVにて彼女のバーチャルヒューマン姿も披露してきた。

ライブではまず、ラバースーツを纏った花譜が降下するムービーが始まった。「攻殻機動隊」の草薙素子が突入するシーンを想起させたが、さらに映像明けに巨大LEDウォールにパイプでつながれた巨人の姿で現れたのも、「え、花譜のライブでAnymaのオマージュまで持ってくるの!?」と驚いた。

音楽面でも素晴らしかった。長谷川白紙のテクニカルなキーボード演奏に、両手で指揮をしながら歌う巨大バーチャルヒューマン・花譜。先ほどまでの高出力のスピーカーによって大音量で埋め尽くされていた会場が一転して、教会のミサのような荘厳な雰囲気に一気に変わり、「一体、我々は何を見せられているんだ」とそのギャップに心を掴まれた。

大沢伸一のDJで歌う花譜も素晴らしかった。抑えたワブルベースとバイオリンの組み合わせ。引き算のように美しい音楽が代々木体育館の空気を震わせて、現場で聞くよさを実感した。巨大花譜がまるで女神像のように神々しく見えるまでの錯覚だ。

筆者はどちらかといえば、花譜+カンザキイオリが好きな原理主義者なのだが、こうしたコラボで輝く花譜の可能性の拡張は、ぜひこれからももっと見たいと感じさせたステージだった。

 
さらに4部「歌承曲」パートは、旧来のカンザキイオリ路線を受け継ぐようなテイストだった。ある種、青臭いことを真剣に歌詞に盛り込み、その感情を花譜の歌声が拡張してくれて、聴く人の心の大切なところにきちんと届けて居場所をつくってくれる。そんな今までの花譜も、継続してやっていくという意思表示だ。

楽曲はGuianoや笹川真生たちが手掛けている。ボカロPとしても名を上げてきた才能が花譜と組み合わさり、どんな表現に昇華されていくのか。とても楽しみだ。


「今日、ここから廻花を始めます」

最後の5部は、いよいよ2日間のハイライトである、バーチャルシンガーソングライター・廻花としてのパートだ。

事前に何も知らされていなかったので、廻花の登場に心底驚いた人も多かっただろう。しかし、このお披露目に至るまで、KAMITSUBAKI STUDIOはそれこそ年単位で伏線を貼り続けてきた。

花譜でいえば過去、ライブ中のポエトリーを手がけて作詞の才能を磨いてきた上で、2022年8月の武道館3rdワンマン「不可解参(狂)」にて初めて彼女が作詞作曲をした「マイディア」を披露し、本人を表に出していく方針を見せた。

バーチャルの体と並行してオリジン(「魂」の人)を匂わせる姿でも活動するという点では、2021年11月、同じKAMITSUBAKI STUDIO傘下であるSINSEKAI RECORDの6人組バーチャルガールズグループ「VALIS」の1stワンマンでも展開してきた。

 本ライブの中においても、可不やバーチャルヒューマンなど、彼女を感じさせる姿は一つではなく、世界観によって変化するという表現を重ねてきた。ちなみに「怪歌」パンフレット13ページによれば、花譜自体の外観も一定ではなく、ソロとV.W.Pでも微妙に変えているそうだ。


ライブ中のモノローグでも、丁寧に説明してきた。例えば2部冒頭、花譜が「第五形態 雷鳥」に衣装替えする前にも匂わせな語りが入る。

「イメージトレーニング
いつの間にか集合していくアイデンティティに 辟易している
ねぇ、私ってどんな人
覗く鏡の中には 私と君が写っていて
ああ そういうふうにつながっているんだって 気づいた
結び合わせの数 生まれる私
じっと見つめて
君が見慣れないうちに また変わっちゃうかも
集めたピースをそこらじゅうに散らばして
お願い ただ 私に触れて」


4部「歌承曲」パートの冒頭、新衣装である「特殊歌唱用形態 扇鳩」をお披露目する前のモノローグも、新しい形態への進化を意識した内容だ。

「刻まれたDNA
二重螺旋って 私の体の中にあるには ちょっと出来過ぎ
過去になって 歴史になって
神様でさえ話し尽くせないはずの100年間
どんどん短くなってく 間隔
描き直してから 携えた未来図
覚えてる 細胞が皮膚の下で 煮え立つほどの衝動
口や目や耳を超えて 魂から魂へ 伝承する
記憶を分かち合って 今、私 進化するんだ」

進化というキーワードは、この後出てくる「深化(SINKA) Alternative」と、KAMITSUBAKI STUDIOの運営会社であるTHINKRとのトリプルミーニングとなっている。そして、そしてKAMITSUBAKI STUDIOのプロデューサーであるPIEDPIPERが立ち上げたストーリープロトタイピング企業「深化」(FIKAIKA)ともつながりを感じさせる。

同様に4thワンマンの「怪歌」も、開花と廻花のトリプルミーニングだ。ちなみに何度かアーカイブで見直してわかったが、4部冒頭、モノローグのときのピアノBGMが24曲目「かいか」のメロディーというのも、絶妙な伏線の置き方だ。

 
直接的には「歌承曲」のラスト、Guianoと共演した19曲目「この世界は美しい」が終わった後から、廻花に分岐する儀式が始まる。巨大LEDウォールに突然映し出されたのは、「深化 Alternative」という解説だ。

「深化 Alternativeは、現時点では9段階あると確認されている

 深化 Alternativeとは、可能性の拡張

 深化 Alternative 1
  ライブを通じて歌唱用形態を獲得すること

 深化 Alternative 2
  音楽的同位体シリーズへの分岐
 
 深化 Alternative 3
  物語世界のもう一人の『自分』との邂逅

 深化 Alternative 4
  バーチャルアバターを複数持ち、
  ひとつだけの外観から自由になること」

今までの花譜アバターの多様性は、「深化 Alternative 」という枠だったことが明らかになった(ちなみに「物語世界のもう一人の『自分』」とは神椿市復興課の「森崎化歩」だ)。


続けて始まった実写のムービーでは、「扇鳩」衣装の花譜が足元から解体されてピンク色に輝く粒子となり、代々木体育館から抜け出して渋谷の夜空に舞い上がっていく様子が映し出される。粒子に気づいた人々が触れるとそれが鳩の形になって羽ばたき始め、再び代々木体育館を目指して集まっていく。

「現実の体に、
バーチャルインターフェイスを実装し、
リアルとバーチャルの関係を反転させた
『新たな存在』へと分岐すること」

そんなテロップを背景にして、代々木体育館の上空で鳩の群れが人の姿となり、さらに光の輪に変化して屋上から吸い込まれる様子が映し出される。

現れたのは「深化 Alternative 5」という文字と、人間のシルエットだった。

さらに巨大LEDウォールに「花譜」と大きく書かれ、それが反転して「バーチャルシンガーソングライター 廻花」に早変わり。

会場からは、まったく状況が掴めずに「えええっ」という声が上がる。

そしてスローテンポなピアノのイントロのあと、シルエットが

「ここじゃないどこかへの 旅人」

と歌い始めると、秒で声が花譜のものだとわかり、「えええええっ!?」という大声が広い会場のあちこちから聞こえた。


この観客の声は、筆者の人生でも聞いたことがないレベルの純粋な困惑だった。

何せ2018年から5年以上もの間、片鱗すら見せてこなかった花譜がオリジンを匂わせたのだ。目の前に映る光景が、脳の処理能力をはるかに超えた出来事で、その戸惑いが無意識に音として口からでてきたというのを感じた。しかし、その3秒後に覚悟を完了し、新しい姿での活動を応援するように「わぁぁぁ!」という声と共に拍手が上がったのも、ファンの素直さが伝わってきてよかった(下の動画がまさにそのシーンだ)。

メタい話になるが、実は筆者も同じような気持ちになったことが何度かある。これは、数年単位でお仕事を共にしているVTuberさんの「魂の人」と偶然会い、「初めまして」と挨拶されたときに直感した「知らない体から、知ってる人の声がする!」というのと同じ困惑だ。わかればどうってことないのだが、事前に知らされていないとびっくりしてしまうのだ。

その後、廻花は20曲目「ターミナル」、21曲目「ひぐらしのうた」、22曲目「スタンドバイミー」と、続けて見事に歌い上げていく。突然現れたシルエットに心を奪われたが、今までとは違うテイストの歌詞とメロディー、先ほど目にした「バーチャルシンガーソングライター」の文字から、今歌っている曲は、花譜オリジンが自分で作詞作曲したものだということが徐々にわかっていく。

 
同時に、本当にそこに廻花が立っているように見えるのに、彼女の周囲を金色の粒子が回っていたり、シルエットにグリッチノイズが入ったりと、明らかにデジタルエフェクトがかかっているという不思議な状況にも目を奪われた。

一体、どこまでが本物なのか? これは後からPIDPIPERのnoteを読んでわかったことだが、代々木体育館内に収録スタジオを設けて、彼女の姿を収録してCGと合成して巨大LEDウォールに映していたそうだ(おそらくグリーンバックで抜いての加工だろう)。この知識を得た上で背景をよく見ると、接地面が湾曲してCGで奥行きがあるように見せかけて、その中央に廻花を立たせることで、現地ではリアルとバーチャルの境目をわからなくしていてその場にいるように錯覚させていることがわかる。素直に「ヤバすぎでしょ!」と感じた。

 
廻花のパートでは、いつものワンマンでは1回にまとめられているMCが、異例とも言える4回に分け、かなりの時間を割いて名前の由来やなぜこの姿で出てきたかを丁寧に解説していた。いずれも、「ありがとう」と必ず感謝を伝えていたのが印象に残っている。

すべてのMCがファンの心を揺さぶる言葉だらけで、文字数の関係で省略しているものの、ぜひ楽曲やステージと共にアーカイブで見て欲しい。ただ、ラスト24曲目「かいか」の前の名文は知っておいてほしい。

おそらく全人類で彼女しかわからない、花譜という様々な才能が組み合わさって成立している存在の中心にいる苦悩。そこから脱却するために分岐させた廻花という可能性。静謐なシンセサイザーの音に乗せて、花譜よりちょっと低いオリジンの声のトーンで語られたそんな想い──。VTuberの歴史から見ても、オリジンの心境が表に出されるのはかなりレアな話なのでここに記しておきたい。

 
「私は花譜という存在と、本当に自分自身よりも近いかもしれないというくらい近くで一緒に育ってきたと思っているし、チームの方々と大事に花譜を育ててきたと思っています。

だけど、そういう風に心から言えるようになったのはすごく最近です。頭ではそう考えることができても、自分のやっていることは誇れるすごいことだと、頭で理解しているのに、いつも心では『私は1人じゃ何もできないし、こうしてみなさんの前で私がこの存在を代表したり語ったりしていいのかな』とか、画面を通してみんなに見せているのはいいところばっかりだし、いつも何かを隠しているように思えてきたりとか、全部後ろめたくなってるのに、いろんな疑問とか、後悔とかに対して、納得したようなふりをして、言葉にして誰かに伝えるのを避けて、自己完結させて、気持ちが凪ぐのをまったりして、こういう自分の根っこの部分にある、臆病で劣等感の塊みたいなところを見て見ぬふりをしてきました。

でも、だからこそ、過去の自分が活動を続けてこれたのかもしれないと、今は思います。

『マイディア』や『リメンバー』も私の本当の気持ちです。伝えたい人がいるとき、明るいことが言いたくなるのかもしれないです。だけど、そうじゃない。あてどない、誰にも言えないことを言えたり、気持ちをぶつけられたりするのが、私にとっては歌で、少なくともそれで周りにいる大切な人を傷つけたり、困らせたりしないで済んでいると思っています。

それがより個人的なものになっているのが廻花の曲だと思います。不安なのか、楽しいのか、怒ってるのか、悲しんでるのか、よくわからない場所にいる時の曲が聞きたくて、自分で書いていきたいなと思っています。そういう時間の方が生きていて多いような気がします。

廻花の自分を手に入れたことが、かなり自分の中で考え方の大きな変化につながりました。そもそも自分でも自分のことをわかりきれてないのに、なんでこんなのは自分じゃないなっていうことができるんだろうって思って。

花譜の活動を通して、自分がどんな人間か、何が好きで何が嫌いなのか、少しずつ輪郭が見えてきてるんじゃないかって。自分のことを表現すればするほど、わかることも増えていくんだって。自分の作詞作曲した歌が武道館で発表されたとき、したとき、去年8月に気づきました。

そもそも歌がセルフプロデュースみたいな感じで、どんなふうに聞かせたいかっていう自分のイメージを出力した、極論、全部嘘って言えちゃうのかもしれないって思って。だけど、どこかでそれを聞いてくれる誰かが、自分に引き寄せてくれて、その歌を本当にしてくれていたりするのかもしれないって思って。

自分という存在もそうできたら、嘘か本当かっていう次元を超えて、回り回ってどんなものでも受け入れられるんじゃないかと思います。

そんな気持ちを抱きながら、今日ここから廻花を始めます。

みんな廻花と出会ってくれて本当にありがとう」

 
会場からは、積年の想いをついに打ち明けてくれた廻花に盛大な声援と拍手が送られた。


バーチャルの存在が紡いできたリアル

廻花の評価は、人によってすっぱり分かれるだろうが、個人的には「本人がやりたいんだから仕方ない」の一言だと考える。

花譜の見た目が劇的に変わらないから分かりにくいが、花譜オリジンはもうティーンエージャーではなく、20歳の成人女性なのだ。しかも5年以上というキャリアがあり、武道館や代々木体育館を埋めるくらい才能が認められた歌のプロといえる。業界経験5年といえば、社会人が新人から中堅どころに成長する時間だ。

花譜オリジンの気持ちに寄り添えば、この5年において、さまざまなクリエイターが花譜に寄与してプロジェクトがどんどん大きくなり、自分の周りで熱狂が加速していった感覚だろう。でもこれは完全に自分ではないし、だからいくら賞賛されても響かない。

一体、自分はなんなのか。そんな胸の内に積もったおりのようなものを、言葉やメロディーとしてつむいで誰かに伝えたい。歌を歌うだけでなく、ゼロから表現者を始めて、自分の存在を証明したい。花譜が、周囲に尖った才能が集まっているKAMITSUBAKI STUDIOに所属していたからこそ、そう思うのも自然な流れのではないだろうか。

花譜を支えるチームとしても、バーチャルの領域で新しいものを切り開こうとしている自分たちにずっと付き合ってもらって、約1万3000キャパの代々木体育館まで一緒にきたわけで、彼女が挑戦するなら心から応援したいのが本音だろう。

 
一方で、廻花を否定したいファンの気持ちもわかる(……とさらっと理解したように書くのも難しい話で、あなたの好きを否定する気はまったくない)。

事実として「花譜 救われた」でXを検索すると、熱い想いが年単位で途切れずにポストされているように、彼女の声と音楽は多くのファンの気持ちを理解して救いの場となってきた。人間関係に疲れたり、誰かに傷つけられたりして、できれば自分を否定した人を感じさせるものに触れたくない。でも、どこかで、誰かに自分をわかってもらいたい。

カンザキイオリが歌を設計し、花譜オリジンの声、PALOW.の姿、川サキの映像で具現化した花譜の世界は、そんな苦悩をバーチャルに再現して、辛い状況にある人々が自己投影できる余地をつくった。アニメやゲームのキャラクターは完全に創作の中だが、バーチャルの存在ならコメントを書いて自分の気持ちが伝わるかもしれない。そんなバーチャルだから好きになれた。だから、シルエットでも人を感じさせてほしくなかった。自分の神である、花譜の活動に専念して欲しかった。まるで花譜が歌で伝えた激情が、反転して彼女に跳ね返っているような感覚だ。

そこまでシリアスじゃなくても、音楽のアーティストではなく、キャラクターとして数年にわたって見てきたのに、「観測史上」初、質量を感じさせるシルエットが出てきて混乱してしまった。「アイツ、インディーからメジャーに行って変わったな」のような、アーティストの変化を許容できない向きもあるだろう。花譜は当初「不確かなもの」を目指したからこそ、観測者ごとの「好き」が大きく異なりそうだ。

運営もそんなファンの気持ちに気づいていないわけがない。プロデューサーのPIEDPIPERといえば、noteで自分たちがやろうとしていることをこまめに伝えたり、音楽的同位体「可不」の歌声でアンケートを取ったりするなど、観測者とコミュニケーションを取ってきた経緯がある。

 
ただ、元を正せば、花譜のバーチャルの体は、学業と並行でシンガーとして活動するための手段なのだ。

筆者として思うのは、やっぱり創作はクリエイターのもので、残酷だがファンは観測するしかないということだ。VTuberに限らず、タレントやクリエイター、スポーツ選手などが受ける「あなたはこうすべき」という謎のアドバイス……とまでは言わないが、プロが決めた方針に素人が口を挟んでもあまりいいことはない。

それに人の心のまま、大量の「わかってほしい」を受け入れる神になるというのは、ものすごく負荷が高い。筆者の世代なら尾崎豊やカート・コバーン、ちょっと前ならボカロP出身のwowakaや椎名もたなど、その時代の若者を創作で救ってきたクリエイターは、何かのバランスが崩れたときによくないことになりがちだ。

2020年のインタビューでPIEDIPIPERが花譜について「10年続ける」と話しているが、花譜を10年続けるためにも、廻花という存在があったほうがさまざまなバランスが取りやすいのかもしれない(とはいえ「怪歌」のパンフレットを読むと、花譜オリジンは本当は強い子?とも感じる)。

 
そして、廻花の曲はとてもいい。

ファンクのように声が跳ねる「ターミナル」、優しさにあふれた「ひぐらしのうた」、繊細に繰り返すサビの「スタンドバイミー」など、いずれも独自の美しさがある。歌詞も、花譜のような世界を巻き込んだような壮大さを感じさせるものではなく、あまり自信を持てない等身大の自分を綴った内容なのだが、等身大だからこそ、先の「スタンドバイミー」などは「これからもみんなと一緒にいたい」という真摯な想いが伝わってくる。

実は筆者は武道館で花譜が作詞作曲した「マイディア」を披露したときに、あまりピンと来なかった側だ。それは自分が聴きたかった花譜のブランド、カンザキイオリ節とはだいぶ違う路線だと感じたからなのだが、今回、シンガーソングライターは廻花として切り分けられたことで、すんなり彼女の言葉が受け入れられた。むしろ素晴らしい曲たちばかりで、もっと廻花を理解したくて、アーカイブでそこばかりループしている。

 
ラストの24曲目「かいか」も本物だ。

「生まれる前からきみを知っている
初めまして うまく言えないのはお互いさまなのがいいな
とっくのとっくに目は覚めて
咲いてる僕ら あとは巡り合うだけ
前に進めているのか不安でさ
キリない精一杯だって 花開いて遠ざかる空の色
何者かになりたかった歌も 変わり 続けてくけど
ぼくはぼくだ まわりだした花」

劇中歌みたいにドラマティックな場面なのに、歌詞はバーチャルじゃなくてリアル。

1stワンマン「不可解」で初披露した「そして花になる」でカンザキイオリに「あなたがいるから 私は私になれる」と詩を書いてもらった花譜が、4年半後の4thワンマンにおいて、自分で選んだ姿と言葉で「ぼくはぼくだ まわりだした花」と自分自身のことを力強く訴える。

まるでアニメ2期の最終話で1期OPが流れる、しかも主人公が自分自身のことを歌った2番の歌詞というような、「そんなこと現実である?」と耳を疑ってしまうようなシチュエーションだ。

こんな成長譚は普通のアーティストでは滅多に見られないし、そもそも狙って作り出せるものではない。まさに薄氷を踏むようなバランスで生まれた奇跡としか言えないステージで、卒倒しそうになった。

 
続くMCにもやられた。

「花譜、そして廻花。どちらも私です。

エンターテインメントの集合体と言っていいかもしれない。

どんな歌も楽しく自分らしく歌っていく花譜。より自分自身の内側から浮き出るものだけで形作る廻花。

これからは自分なりの歩幅で2つの活動を続けていきたいと思います。

廻花として届ける歌、花譜として届ける歌。どちらの歌も、誰かの居場所になるように、今ここにいるみんなの、私たちの居場所になるように、これからも歌っていきたいです。みんな、本当に、本当に、ありがとう。

みんなのおかげで、新しい私が生まれました。

何度も何度も、自分の歌を居場所にしてくれる誰かがいるということに、私はずっと救われてきました。

そして、例えどんなに厳しい世界だったとしても、私たちの明日にはきっと意味があります。

つまづいても、泥だらけになっても、何度だって立ち上がって生きていきましょう。

みなさんは私の大切な人です。


みんな、愛してる!

花譜でした。

そして、廻花でした。

またね」


アーカイブをよく聞くと、「みなさんは私の大切な人です」の後、ワンテンポ置いている最中、2回鼻をすするような微かな音がマイクに乗っているのが神がかっている。

このわずか数秒、涙を堪えるような音に、年単位の想いをやっと伝えられた安堵や、みんな受け入れてくれるだろうかという不安といったさまざまな感情が詰まっていて、改めて彼女の強い決断に共感してしまう。

 
エンドロールで流れた笹川真生による新曲「Replaceable Goodbye」や、初期の出世曲「心臓と絡繰」のオーケストラアレンジも素晴らしかった。下から上に流れる膨大なクレジットを眺めながら、音楽ライブを聴きにきたはずだったのに、大長編の映画を1本見たような気持ちの満たされ方で、「ものすごかった」とうまく言葉にならない気持ちで余韻に浸った。そして、エンドロールの最後に現れた

All Performanced by KAF & KAIKA

という宣言が目に焼き付いた。

 
考えてみれば花譜オリジンのように、音楽、イラスト、映像など、さまざまな才能ある人たちに囲まれて、中高生を駆け抜けるという人生は、世界中探してもなかなか存在するものではない。そんな彼女からどんな風景が見えていたのか、これから綴られる廻花の言葉が気になって仕方がない。

そして「バーチャルだから好きになれた」なら、その逆の「バーチャルじゃないから好きになれた」も正しいのだ。「好き」が極端にパーソナライズされた時代において、われわれを魅了してやまないその歌声が、廻花という違うインターフェースをまとうことでどんな層に届くのか。その可能性の拡張の先にある未来を見てみたい。

加えて筆者が期待するのは、カンザキイオリら時代の才能からの刺激で廻花が生まれたように、花譜/廻花の生き方を受け止めて、自分もそうありたいと願った次世代の表現者が生まれていくことだ。

誰かの心にまた種は植えられ、新しい花が咲いていく。

その豊かな土壌になるであろう花譜と廻花、KAMITSUBAKI STUDIOをこれからも観測していくのがとても楽しみだ。


「怪歌」 セットリスト

●第一部 邂逅
1.青春の温度
2.人を気取る
3.未観測
4.世惑い子
5.それを世界と言うんだね
6.邂逅

●第二部 組曲
7.あさひ feat.佐倉綾音
8.しゅげーハイ!!! feat. Mori Calliope
9.ギミギミ逃避行 feat. #KTちゃん

●第三部 踊子
10.KAF DISCOTHEQUE
11.CAN-VERSE feat.可不
12.トウキョウ・シャンディ・ランデヴ feat.可不
13.蕾に雷 feat.長谷川白紙
14.わたしの声 feat.大沢伸一(MONDO GROSSO)

●第四部 歌承
15.スイマー
16.アポカリプスより
17.ホワイトブーケ
18.ゲシュタルト
19.この世界は美しい feat.Guiano

●第五部 廻花
20.ターミナル
21.ひぐらしのうた
22.スタンドバイミー
23.転校生
24.かいか


(TEXT by Minoru Hirota

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